絵本を楽しもう! vol.15
「ぼくにげちゃうよ」
(マーガレット・ワイズ・ブラウン文 クレメント・ハード絵 いわたみみ訳 ほるぷ出版)
この絵本の原題は「THE RUNAWAY BUNNY」。母親から逃げ出そうと試みる子うさぎと、なんとかそれを追いかけ、阻止しようとする母親の問答が繰り返されるお話です。
子うさぎの発想が実に子どもらしいですね。最初は魚になり、次には山の上の岩、クロッカス、小鳥、ヨットと次々に変身して逃げようとします。かあさんうさぎも負けてはいません。漁師、登山家、植木屋、木、風になって、子うさぎを捕まえようとするのです。子うさぎは、それでは現状と変わらないと、逃げ出すことを諦めます。客観的に見れば、行き過ぎた母性でもあり、過保護とも捉えることができます。しかしこの絵本は、世界中の幼い子どもたちに受け入れられました。
児童文学者の瀬田貞二氏は、「幼い子の文学」(中公新書)の中で「幼い、いちばん年下の子どもたちが喜ぶお話には、一つの形式というか、ごく単純な構造上のパターンがある」として、それが「行って帰る」構造だという仮説を立てます。そして「しょっちゅう体を動かして、行って帰ることをくり返している小さい子どもにとって、その発達しようとする頭脳や感情の働きに即した、いちばん受け入れやすい形のお話」と述べています。まさにこの絵本は、単純に行って帰ってくる物語で、帰ってくるところが一番安心できる場所なのです。幼い子どもは、心の底からこの子うさぎに共感できるのではないでしょうか。
マーガレット・ワイズ・ブラウンとクレメント・ハードのコンビは、数冊の絵本を発表していますが「ぼくにげちゃうよ」は1942年の作品です。もうすぐ80年になります。その5年後に、続編とも言える「おやすみなさいおつきさま」(瀬田貞二訳 評論社)が出版され、この絵本も大人気となりました。緑の部屋に飾られている額絵は「ぼくにげちゃうよ」に出てくる絵と同じで、「ぼくにげちゃうよ」の一場面も額絵になっています。
(文・吉井康文/こぐま社前社長)