おとなも絵本を楽しもう! vol.4
「レイモンド・ブリッグズのコマ割り表現」
昨年の8月にイギリスからレイモンド・ブリッグズの訃報が伝わりました。88歳の生涯でした。ブリッグズと言えば「さむがりやのサンタ」(1973年)に代表される、漫画のコマ割りの様式を用いた絵本が有名です。
それまでにもベルギーのエルジェの「タンタンの冒険シリーズ」(1930年~1986年)やマリー・ホール・エッツの「海のおばけオーリー」(1947年)などが知られていますが、それらに匹敵するコマ割り絵本の世界を確立しました。
最初にコマ割りのコミック・スタイル手法を使った絵本が「さむがりやのサンタ」でした。もし子どもたちの憧れのサンタクロースが実在するとしたら、どこに住んで、どんな容姿をしているのかなどを、論理的に想像していったところから始まったそうです。そして出来上がったのが、飲食が大好きで小太りな、ちょっぴり頑固で不機嫌な老人という愛すべき人物像なのです。物語はクリスマスイブから翌日にかけての一日足らずの話ですが、これを絵本にするには、ページ数が足りませんでした。そこで漫画家を目指していたブリッグズが考えたのが、コマ割りなのです。32ページの中に143ものコマを描きました。吹き出しのことばは最小限に抑えられ、半分にも満たない66しかありません。そのほとんどは、愚痴の多いサンタの独り言なのです。絵を追うだけで物語が手に取るように見えてきます。
この絵本の原題は「Father Christmas」です。イギリスではサンタクロースのことをそう呼びます。もちろん舞台はイギリスです。途中夜明け近くに出てくるビッグベンや次ページの見開きいっぱいに描かれた冬のバッキンガム宮殿は、圧巻のひとこと。絵本の中でこれだけ精緻に描写された宮殿は、他にないでしょう。サンタの「よーしよし はたがあがっとる じょうおういっかは ございたくだ」のことばがいいですね。この絵の宮殿には女王旗が掲げられています。その時には女王が在宅で、ユニオンジャックが掲揚されている時は不在であることは、イギリス人なら誰でも知っていることです。ブリッグズの没後、ちょうど一か月目にエリザベス女王が亡くなりました。この場面を思い起こした人もいるのではないでしょうか。2度目のケイト・グリーナウェイ賞を受賞したこの絵本の大成功で、続編を望む声が多く、2年後の1975年に「サンタのなつやすみ」が出版されました。
1978年には完全に文章のない形で「スノーマン」を発表、この作品はアニメ化されてアカデミー賞にノミネートされます。
その後もコマ割りの作品を作り続けますが、その内容は戦争に対する痛烈な告発を含むものが多くなります。
彼の両親をモデルにした「風が吹くとき」(1982年)では、人を疑わず楽観的なブロッグズ夫妻が核戦争の恐怖に直面する物語を描き、多方面から賞賛されます。ちょっぴり皮肉屋で優しく温かいまなざしを持つブリッグズの作品はこれからも、世界中の子どもから大人までに愛され続けられるでしょう。
(吉井康文)
「さむがりやのサンタ」(1973年 菅原啓州訳 1974年 福音館書店)
「サンタのたのしいなつやすみ」(1975年 小林忠夫訳 1976年 篠崎書林 絶版)
「サンタのなつやすみ」(1975年 作間由美子訳 1998年 あすなろ書房)
「ゆきだるま」(1978年 評論社)
「スノーマン」(1978年 新装版 2021年 評論社)
「風が吹くとき」(1982年 小林忠夫訳 1982年 篠崎書林 絶版)
「風が吹くとき」(1982年 作間由美子訳 1998年 あすなろ書房)